• 下枝宣史

科学的に見渡す昨今のマスク事情

 CoVID-19(新型コロナウイルス感染症) のリスクと、経済立て直しとの兼ね合いに誰もが苦慮している今日この頃です。一方、市場にはマスクがようやく十分に出回ったことで、あまり話題に上らなくなったように感じます。非常事態宣言解除に至って、マスクを日常的に着けることをやめた人もあり、しかし首都圏での第二波を心配させる感染者数増加を見てやはり不安を感じたりと、みなさんの困惑はさらに深まっているのではないでしょうか。


 この記事はあくまで医学・公衆衛生学の立場からマスクについての考察をしていますが、やはり結論は、私たちの実生活の中でのあり方を提案するものにしたいです。そうでなければ、わざわざみなさんに読んでいただく意義があまりない、と考えるからです。まずは最近の科学論文から得られる知見のご紹介、そしてそれをいかに私たちの生活に応用するか、という流れで綴ってまいります。


 医学論文を読むときに大切な要素の一つは、その内容をどこまで信用できるのか、という点です。その目安として、論文が掲載されている医学雑誌の信頼性があります。世界5大医学雑誌のひとつとされるアンナルズ オブ インターナル メディシン(米国内科学会)の信頼性は、相当に高いと言えるでしょう。ただし気をつけなくてはいけないことは、その雑誌に載っている論文だからといって、書かれている内容が本当に正しいかどうかには、必ずしも保証がないのです。雑誌の信頼性とは、支離滅裂な内容だとか、虚偽の疑いのある実験結果、ある程度の科学的論理性を備えていない論文は載せない、ということです。例えるなら、名だたるハリウッド映画だからといってすべてが必ずしも面白いとは限らない、といったところでしょうか。


 このたび参照した論文は、今年6月にオレゴン健康科学大学から出されたものです。大まかな内容は、布マスク・外科手術用マスク・N95マスクが、呼吸器を冒すウイルスの予防に有効かどうかを調べた過去の39件の研究結果をざっくりとまとめて検討したもの。研究対象者は総計3万例余りとなっていす。


Chou R, et al. Masks for Prevention of Respiratory Virus Infections, Including SARS-CoV-2, in Health Care and Community Settings: A Living Rapid Review. Ann Intern Med. 2020 Jun 24. [Online ahead of print]


さてその結論は;

「これから感染者と濃厚接触します、とわかっている場合には、マスクをした方が感染しにくいですよ。外科手術用マスク、もしあればN95マスクがより良いようです」

「一般の人もマスクをした方が感染しにくくなるかもしれないが、はっきり断言できるほどの違いではなかったです」

「でもどちらも、新型コロナでどうなのかはまだ断言できません、N95マスクがより良いかどうかもわかりません」

というものでした。


 実は、これら研究のほとんどは2002年に発生したSARSと、2012年のMARSの際に行うれたものでした、今回の新型コロナウイルスでの研究はわずか2件、しかも、どちらも科学的にあまり厳密とは言えないものでした。でもこれは研究者が無能なのではなく、医学研究についてまわる制約と言うべきものです。


 本当に厳密に研究するためには、マスクをする人たちとしない人たちとを同じくらいの数揃えて、どちらがより多く感染するかを見比べることが必要です。でも、そんなことはできない相談ですよね、医学は「すべての人々の健康を守るためにある」のですから。マスクをした方が予防効果があるのではないか、という仮説を証明するために、あなた方にはマスクなしで過ごしてもらいます、こんなことを言われたら、非人道的な人体実験と感じるでしょう。もっとも、医学の発展のために我が身を犠牲にしても良い、という方も稀にはおられます。が、研究として成り立つほどの人数が集まるとも思えず、またそういう篤志家は一般人とはいろいろと異なる事情や因子を持っていることもありそうで、科学的厳密性のために必要な「偏りの無さ」という点でも問題が残ります。


 こういった制約のある中で、現実に実行できる研究方法とは「たまたまマスクをしていなかった人たちを探し出して集めて、感染した痕跡があるかどうかを調べる」というものになります。そういった人たちには、やはり何らかの偏りがあるでしょう、生活文化の違い、健康に対する意識の違い、経済的格差など、マスクのあるなしとはまた別に、感染しやすくなる要因をいくつも持っているかもしれません。こういった事情から、医学研究の科学的厳密性を高めることはとても難しいのです。しかも、新型コロナとの激闘の真っ最中に、じっくりと厳密な研究をしていられる立場の医師もそう多くはいないでしょうから、研究の数が少ないのもやむを得ないと思うしかありません。


 


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