この度のコロナ禍(CoVID-19)を契機として、「新しい生活様式」というキャンペーンが厚生労働省により展開されています。新型コロナ(SARS-CoV-2)に限らず広く呼吸器感染症に対する社会の抵抗力を上げるという意味で、これは全世界的な動きとなっているように見えます。かつて新型インフルエンザの際には浸透せず定着しなかった、一人一人ができる感染対策の考え方が日本国民に、ひいては広く世界中に認知されたことは、大きな犠牲と引き換えに人類が得た、公衆衛生学的な大進歩だと思います。亡くなった方、重症で苦しんでいる方やお身内の方々には、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。
さて、このブログで3回にわたり記事にしてきましたマスクについて。緊急事態宣言下ではなく、新しい日常生活の様式のもとで、マスクは今後どのように用いていくのがよろしいのでしょう。
厚生労働省はウェブページの中で、新しい生活様式の具体的な指針を詳細に説明しています。ぜひ眺めてみてください。
これを厳密に守るなら例えば、冬の寒い日に暖かいコタツに集まってみんなで鍋をつつきながらほっこり楽しく語らう・・・といった典型的な日本の生活様式が、ほぼ全否定されてしまいます。では、マスクはどうでしょうか?
「外出時、屋内にいるときや会話をするときは、症状がなくてもマスクを着用」と書かれています。四角四面に、文字通り言葉通りに受け止めれば、全国民は一瞬たりともマスクを外すべきでない、という内容です。人間は、外出するか、屋内にいるかの必ずどちらかですからね。この指針は、善意に解釈して運用する必要があるようです。
「自分の感染予防に直接には役立たないが、他者を飛沫感染から守ることで、自分にとっても感染機会を減らす対策となる」のが、マスク着用について広く理解された事柄です。また「症状が出ていなくても病原体を保有し拡散してしまう恐れが誰にでもある」(不顕性感染)ということも。これらはCoVID-19に限ったことではなく、インフルエンザや結核など多様な呼吸器感染症について成り立つことなので、医療の立場からは是非とも定着してほしい知識です。しかし、マスクの着用には弊害もあることを忘れてはならないでしょう。
同じマスクを長時間着用し続けることで、ウイルスではなく細菌がマスクの内側に繁殖する恐れがあること、これは前号 (マスクについて(3)) の中でも触れた、医学的な弊害です。こまめに取り替え、使い捨てあるいは洗濯消毒し続ける必要があり、これは費用にしても手間にしても、気軽なことではありません。また、夏の暑熱下でのマスク着用は熱中症の危険を大きくするのではないか、との懸念も出されています。
医学のみならず、ある社会学者が書いたエッセイで指摘された弊害も気になります。それは、マスクにより表情が隠されることです。見知らぬもの同士が接触を持つときなど、表情は事の成り行きを左右するほどの大きな情報要素です。これがマスクで遮蔽されることで、人と人とのコミュニケーションに良くない影響を及ぼすのではないか。特に欧米人には、この懸念が強いそうです。彼らは、サングラスで目を隠すことには躊躇がありませんが、これは日光に敏感な目をしている白人種特有の事情でしょう。その分、口元で笑顔を作ることで、相手に友好的なサインを送ることが習慣づいているのでしょう。日本人は逆に、サングラスに対してかなりタブー視する印象があります。目は口ほどに物を言い、ということで、マスクをしていても目を見れば人となりは知れる、といったところでしょうか。
何事にも良い面と悪い面があり、真っ当な社会とはその兼ね合いの中で成立するものです。例え話ですが、海の家を思い浮かべてください。元気な子供が、全身砂まみれで小上がりに座ったら、掃除をする側はたまったものではありません。かと言って、利用者は全員、予めシャワーを浴びて砂粒ひとつつけずに来てください、と張り紙したところで守れるはずもありません。それは行き過ぎというものです。掃除の手間をそこそこ減らし、でも客足も遠のかせず、と言った兼ね合いの落とし所をどうつけるか、という問題です。
厚労省は医学・公衆衛生学的に最善の指針を提示する立場です。今後、社会がこれを受け止め、様々な具体的事例での利益/損失バランスの検討を経て、より妥当な様式へと調整され定着していくものと予想します。そこに、これまでにない新たな工夫が生まれてくることもあり得ますね。私は「仕切り土鍋」の開発を想像しました。中国で人気の火鍋という料理では鍋の中に仕切りがあり、味付けの異なるスープが注がれているのです。これを日本の土鍋に応用し、3人用、5人用などと仕切りの数を取り揃えれば、感染のリスクを減らしてお鍋をつつけるのではないか・・・
お鍋はともかくとして、マスクについての私見はこうです。全国民に四六時中のマスクというのは、ちょっと無理筋でしょう。確かに、緊急事態宣言下では不顕性感染者の制御がクローズアップされましたから、一斉にすべての人がマスクをするのが最善と言えたでしょう。でも今後は、SARS-CoV-2もかつての新型インフルエンザと同様に、冬場に流行するタチの悪い風邪の一つとして日常に埋没していくことでしょう。そうであれば、マスクをしないことの快適さ、開放感、表情が見えることの利点もまた、見直されていくでしょうね
。やはり咳エチケットとしてのマスク着用、すなわち咳・くしゃみ・痰・鼻水・発熱の症状がある際の着用、また止むを得ず近接し向かい合っての会話の際の着用を心がけるといったところが妥当なのではないかと思いますが、いかがでしょう。
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